ものづくりの心
我が国におけるものづくりの根幹は、素材を溶融接合して新しいものを形作ることです。この溶接技術こそ、大切に次の時代に確実に繋げていかなければならない貴重な技術であり、そうすることが当協会の使命でもあります。
このような環境下においても、溶接を通じて日々ものづくりに励んで頂いている方々こそが日本のそして世界の暮らしの礎となっているのです。
そんな皆さんを当協会は心から応援しています。そして次代を担う若い世代に溶接技術を確実に伝承できるように今後も活動を展開していきます。
協会案内
(協会事務局)
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住所(送付先) および 連絡先 |
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振込先口座 |
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【書類送付や送金の注意】
評価試験受験やサーベイランス手続きで、現金を送付いただくことはなくなりました。当協会に書類等を送付される場合は、配達事故等をなくすために、配達履歴が明らかにできる現金書留、簡易書留や宅配便(メール便は記録が残りません)を利用ください。
(アクセス)

会員と入会について
会員数 | 200社(名)令和5年7月現在度 | ||||||||||||||||||||
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入会案内 |
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協会史
昭和期の高度経済成長のころでも、県内には(一社)日本溶接協会の溶接技能評価試験を実施する窓口がありませんでした。隣県の愛知県溶接協会(当時は日本溶接協会愛知県支部)経由で試験がおこなわれ、企業や溶接士にはたいへん不便でした。しかし昭和50年に三重大学工学部に溶接講座が開設され、53年には鋼構造工場の認定制度がスタートしたことから県内にも溶接技術の普及のために独自の団体を希望する声が高まりました。この声に応えて、三重県機械金属工業技術振興会で溶接団体の設立が決議されました。昭和55年2月に三重機械鐵工株式会社の佐藤鐡太郎氏を初代支部長として、私どもの前身:社団法人日本溶接協会三重県支部が設立されました。全国では46番目とおそくなりましたが、7年後には全国溶接技術競技大会を共催できるほどに活動を認められるようになりました。その後、津市内の日本鋼管津製作所(現;JFEエンジニアリング(株)津製作所)から支部長(現:会長)をむかえ、活動を続けています。
この間、事務所は津駅近傍から津新町駅近傍、さらには津市南部の現在の地へと移りましたが、溶接士の資格証明取得のお手伝いをつづけながら地域の溶接技術の発展を目指しています。一方で支部と本部とされた日本溶接協会との関係見直しも進み、平成20年には各地で独自の協会組織の運営が始まりました。わたしたちも支部設立30年目の節目にあたる平成21年4月に、一般社団法人三重県溶接協会(日本溶接協会指定機関)として新しくスタートを切りました。